怒れる若者の疾走感あふれる短編戯曲かと思いきや、意外にも青春時代の思い出がたっぷり詰まった「懐かしの戯曲」という参加者も多かったようです。「懐メロ」ならぬ、「懐戯」ですね。清水邦夫による初期戯曲『朝に死す』。極限状態に置かれた男と女の濃密な二人芝居です。
清水邦夫のデビュー作『署名人』に続いて書かれた第 2 作『朝に死す』。発表されたのは1958 年ですが、初演は 1979 年。今はなき渋谷ジャンジャンにて、木冬舎特別公演の形をとって上演されました。執筆から実に 20 年の時が経っていますが、この間じっと眠っていたわけではなかったようです。劇団の付属研修所や演劇系実践大学の実習公演などではむしろ盛んに取り扱われており、今回の『本読み会』でも修業時代に『朝に死す』を演じたことのある参加者が何名もおりました。いわば若手の登竜門。料理人でいうところの桂剥きみたいな戯曲ですね。今も演劇を学ぶ大学や研究所などでは上演され続けているのかもしれません。
読んでみるとその理由がよくわかります。夜、何者かに追われた男女が息を切らして駆け込んでくる。舞台にはコンクリートの壁だけがあり、ほのかな光が差しています。どうやら男が誰かを裏切って殺されかけたところ、女がそれに巻き込まれた様子。しかし、その因果関係はさして重要ではありません。それよりも、傷ついた二人が息咳切って、共に夜を越えようとしている。この状況の中に二人の俳優の身体が置かれていることこそが『朝に死す』の本体です。
戯曲の読解も大切、台詞術も大切、観客を引きつけることも大切・・・しかし、俳優の仕事のもっとも大切なのは、ともかく「舞台の上にいる」ということにつきます。舞台の上に俳優がいればいいんでしょ、といいますが、やってみるとこれがなんとも難しい。俳優にとって「いる」というのは演技の極北と言っても過言ではないでしょう。戯曲に書かれていることをあれやこれやとやっているうちに、どう言おう、どう受けよう、どう見られようと余計なことが次々と入り込んできて、気づけば何かの物真似に陥り「自分」が舞台上からいなくなってしまうことは多々あります。このあたりの本質をまず初心者に叩き込もうと、あちこちで『朝に死す』が選ばれているのではないでしょうか。
今回はなんと、1979 年渋谷ジャンジャンでの初演に深く関わった新田隆氏にゲストでお越しいただきました。当時、『朝に死す』に登場する二人は、一体どんな若者像だったのか?一読するとチンピラに見えるものの、意外と真逆のイメージを求めていたり・・・。また、初演の記録を見ると二人芝居のはずなのに出演者が 4 名記載されています。これはダブルキャストだと思っていたのですが、そうではなく戯曲の読みに由来する演出だったことも判明・・・!創作秘話を聞いていると、当時の熱い血が戯曲に通っていくような感覚に襲われます。「いつの時代に読んでも、名作戯曲は名作戯曲」と思ってはおりますが、こうして時代を踏まえた読みをすることで、戯曲の普遍性と特殊性の両方が浮き彫りになってきます。これは本当に貴重な機会でした。どうもありがとうございます。
清水邦夫の戯曲は写実的な対話を軸に進められますが、決してリアリズムのためではなく、人物同士の抜き差しならない関係を濃密に描き出すための戯曲だと感じます。その意味では、これは一種の不条理劇。人生に意味はないとニヒルに構えた不条理劇ではなく、辻褄の合わない若者の熱情をそのまま肯定するような不条理劇なのではないでしょうか。
こんなふうに「若者が・・・」と連呼するようになったら、いよいよ歳です。そして気づけば歳末近し!このまま自粛とリモートで終わってしまうのか、2020 年!
(松山)