まだまだ残暑厳しい夏。今回の『本読み会』ではジャンヌ・ダルクを題材にした『聖女ジョウン』を読みました。シェイクスピアに次ぐイギリスの大劇作家、バーナード・ショーを『本読み会』で読むのは意外にもこれが初めて。「ずっと名前は気になっていたけど、なかなか手の出なかった作家」ということで、「バーナード・ショー名作集」(白水社)に二段組でギッチギチに詰め込まれた膨大な台詞たちに身構えつつ、1ページずつ読み進めていきます。
ジョウンはフランスの田舎に生まれ、いたって普通の暮らしを送っていました。ところが、突如神の啓示を受けたジョウン。その声に従ってフランス軍を牽引し、百年戦争中のイギリス軍を次々と打ち破る快進撃を続けます。ところが、裏で内通していたフランス司教によってイギリスへ引き渡され、魔女裁判によって火あぶりの刑に処せられます。ジョウンは若干19歳で生涯を終えましたが、この奇跡の女は没後復権裁判によって無実とされ、20世紀には聖女ジョウンとしてフランスの守護聖人となりました。欧米では知らぬ人のいないジョウン伝説。ギリシャ劇を始めとする古典戯曲のように、鑑賞者が物語を踏まえた上で舞台を観ることが前提とされています。ここが日本で扱うに難しいところ。
しかし、ショーはジョウンを決してカリスマとしては描きませんでした。話は神の声を聞いたジョウンが次々にフランスの要人たちを動かし、軍を率いるところから始まるのですが、ショーがこの戯曲で中心的に描くのは、ジョウンが拘留されて裁判にかけられるシーン(第6場)。そして、火刑に処せられて死んだはずのジョウンが数十年後に霊として?魂として?復活するラストシーン(エピローグ)です。
軍人や教会がジョウンに加勢したのは、ジョウンの魅力とカリスマ性だけによるところではありませんでした(もちろん、それは重要な要素なのですが)。彼らにはそれぞれ守らなければならない立場や信念、あるいは政治的な駆け引きがあり、ジョウンの成し遂げた数々の奇跡すらも、人間関係の中で相対化されていきます。興味深いのは大司教のこんな台詞。
大司教 「奇蹟とは、いいかな、信仰をつくり出す出来事なのだ。それが奇蹟の目的でもあり、性質でもある。それを目のあたりに見た者には、いかにも不可思議としか思われないが、それを行なう者にとっては、至って簡単なものだ。が、それはどうでもよい。それが、信仰を固め、信仰を生み出すものであれば、それこそ本物の奇蹟なのだ」
人間は、人間関係の中から自由にはなれず、あらゆる信念、信仰そして奇跡はその中に吸収されてしまう。ショーは冷たくも現実的なまなざしでジョウンをとらえています。
対照的に、ジョウンは他の誰とも親密な関係をもちません。なぜなら、ジョウンは直接神の声を聞き、その声に従って行動しているわけですから、人間である他者の声に耳を傾けることができないのです。裁判中、司教たちはなんとかジョウンを救おうと様々な投げかけをするも、ジョウンは最終的にそれらを振り切り「私は神様の子」とまで言い切り、自ら火あぶりの刑に処せられることを選びます。ジョウンにとって火刑は通過点に過ぎず、その先に神様が待っていらっしゃる、という想い。真理に触れてしまった人間は、宿命的に孤独にならざるをえないのです。
エピローグでジョウンが復活を示唆するときでさえ、ジョウンと他の登場人物との間には埋めがたい断絶がありました。ジョウンの復活をためらう者たちの「われわれはまだ、君を迎えられるほどの良い人間にはなっていないのだ」という台詞は、建前でもあり本音でもあります。たしかに神の言葉は偉大で、正しく、美しい。しかし人間たちがそれを受け入れるには、あまりにも脅かされるものが多いのです。果たしてこれはジョウンの悲劇でしょうか。それとも、神の言葉を理解できない人間たちの堕落でしょうか。あるいは、そもそも神の摂理が人間社会に適応できなくなってしまったこと自体が、この戯曲の推進力なのでしょうか。
本読みをする中でも、ジョウンと人間たちの間を行ったり来たりするダイナミズムが戯曲の大きな魅力として挙げられました。裁判中に責められているはずなのに、どこか手を差し伸べられている感じがする。他を率いていくはずなのに、なぜか孤独な感じがする、といった感想が聞こえてきます。声に出して読んでみることで、台詞の裏側にある登場人物の想い(サブ・テキスト)が現れることがありますが、これが本読みならではの楽しみです。これは一人で読んでいてもなかなか分からない。他者と声に出して読む中で、驚くほどはっきりと登場人物の心理が見えるのです。
神の声と言葉、人間の声と言葉、本読みの声と言葉・・・今回のテーマは声と言葉ですね。読み終わってみて初めて、本読みという行為とかなり近いテーマを扱う戯曲だったのかもしれません。(松山)
追伸
上記レポートの中でも少し紹介させていただきましたが、今回、『本読み会』初参加の方から、感想のメールをいただきました。せっかくなので、こちらに紹介させていただきます。
おかげさまで想像以上に楽しく充実した時間を過ごさせていただきました。皆さんの熱演につられて、全力で読んでしまいました。
裁判のシーンでジョウンをやらせていただいた時、意外にも責められているというより、何とか彼女を救おう、という周囲の人達の思いが伝わってきて、これは声に出して読まないと体験できない事だと思いました。
どうもありがとうございました!
またのご参加、お待ちしております!