第52回『本読み会・ラシーヌ』レポート

racine-iまさに三寒四温の気候がつづいております。
ダウンをクリーニングに出して、そろそろ春物の羽織りを着たいけれど、朝晩はまだ冷えるから・・・やっぱり今日は出かけるのをやめて、ひねもすこたつでゴロゴロしちゃおう・・・というような無為な日々を送ってるそこの君!
それは私ですが、『本読み会』でラシーヌでも読みませんか。名作『フェードル』が万を辞して登場です。



フェードルは悪女です。古今東西いろんな戯曲がありますが、フェードルはその中でもかなりの問題児と言えます。というのも、本人に悪事を働いている自覚がない。本能のおもむくままに突っ走るタイプなのに、ときおり脳裏をかすめる「それマズいよ」という理性の声が、彼女の行動をよりややこしくします。こういうのが一番タチが悪い。

義理の息子に恋しちゃったけど、敵対関係にあるから表には出せない。逆にそいつを虐げて自分の気持ちも押し殺そう。とはいっても、自分のダンナが死んだらしいから、恋を解禁してもバチは当たらないんじゃないか?とりあえず惚れた男と会ってみようと、話し出したら熱情が止まらない。愛してる!愛してる!と我を忘れてまくしたてる。そこへ実はダンナが生きてましたとの報が。こりゃいかんと相手に罪をなすりつけて、ダンナにはバレないようにしおらしくしとこう。ところが、どうやら惚れた男は自分以外の若い娘に心惹かれている様子。許すまじ!小娘!ぶっ殺せ!自分も毒を飲むけど!

こんな女があっていいものか・・・。誰も幸せにならない究極の悪女です。
ところが、これがラシーヌの流麗な台詞を語り出すと、「やっぱり恋に殉じてこそ真の人生だよな」と魅せられてしまうから不思議です。それどころか、フェードルは自らの発する詩に魅せられて、悲劇へと誘われていくかのよう。

フェードルは、存在そのものが詩なのです。詩の前では、倫理や理性はかすんでしまいます。究極の悪女とは、他人だけでなく自らをも魅惑して止まない諸刃の剣。毒蛇がいやにキレイな姿をしている、あれに似ています。
(松山)

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