10月に入ってすっかり秋深し・・・と思いきや、当日は汗ばむほどのピーカン照りでした。第68回『本読み会/トム・ストッパード』。連続企画「読んで楽しい!現代戯曲」のアンカーを務める作品です。
『コースト・オブ・ユートピア−ユートピアの岸へ』は、第一部『船出』、第二部『難破』、第三部『漂着』の三部作からなる超大作です。
それぞれ3時間ほどの長尺を持ち、日本でも2009年に蜷川幸雄演出で9時間の連続上演がなされた時は大きな話題を呼びました。ご覧になった方もいますか?
文庫本ということで油断していると、厚さにして約2.5センチ。こういった超大作に挑む時は、内容ももちろんですが、「とにかく全部観たっ!」「ついに終わりまで読んだっ!」という達成感も含めて作品の一部と言えましょう。
この戯曲は19世紀半ばのロシア、パリ、そしてロンドンを舞台にしています。当時、ヨーロッパでは革命が同時多発的に起こり、「諸国民の春」と呼ばれてウィーン体制の崩壊を誘発します。
しかし、この流れに一歩遅れたロシアの知識人、思想家、革命家らが、ロシアにとっての「ユートピア」を求めて各国を渡り歩く姿が描かれています。
ちなみに今回読んだのは第二部『難破』(これだけだって3時間半かかりました・・・)。十数年ぶりに受験生時代の参考書『世界史B実況中継』を引っ張り出してきました。
しかし、名手トム・ストッパードが書いたのは、やはりただの歴史物語ではありませんでした。
思想家の演説なのに、これがしっかり演劇の独白になっている。さらに革命と併行して家族の物語を描くことによって、思想や知識では割り切ることのできない、人間の情念が逆照射されるように浮かび上がってくるのです。
一見独立したように見える場面たちが、全体として俯瞰するとぴったりはまるハズルのピースになっているのには舌を巻くよりありません。
明らかにストッパードは、19世紀の革命を現代のアナロジーとして描いています。
既成権力への不満やそれを転覆する欲望、そして、もしそれが達成された場合、姿を表すのは決してユートピアではなく、もしかすると以前よりもっと悪いデストピアなのかも・・・この戯曲がアメリカ同時多発テロの翌年に発表されていることも、何か示唆的なものを感じてしまいます。
『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』や『リアルシング』に見られる途方もない「巧さ」に加えて、彼の思想がぎっしり詰め込まれている。それが『コースト・オブ・ユートピア』の立ち位置なのかもしれません。
余談ですが、こうした「歴史物」の戯曲は他にも数多くあります。ギリシャ悲劇なんかほぼ全てそうですし、シェイクスピアの歴史劇とか、シラーなんかもありますね。
いつか、歴史小説ならぬ歴史戯曲を時系列順にズラッと並べて、「戯曲で読む!世界史B」みたいな参考書を出版して、大学で演劇を勉強しようとしている受験生たちに読んでもらいたいと夢想することがあります。
きっと、信じられないくらい売れないんだろうなあ・・・。
では、次は忘本会でお会いしましょう!
(松山)