今年の漢字は「令」でしたが、私はここに「戯」と書きたい。
年の瀬も迫る寒空の中、年内最後の『本読み会』、そして毎年恒例の『忘本会』が行われました。今年一年をふり返って、一番のイベントはなんといっても9月21日の「戯曲を読む会全国大会2019」です。全国に散らばる戯曲の読書会が黄金聖闘士のごとく集結し、われらがアテナである戯曲の魅力について発信する前代未聞の戯曲フェスでした。
しかし、一方でフェスはどうしてもつまみ食いになりがち。その日『本読み会』が出したのはマーティン・マクドナー『ウィー・トーマス』のひと場面だったのですが、つまみ食いをすると、今度はフルコースが食べたくなるのが人の常。ということで、「全国大会リベンジ企画」と銘打って『ウィー・トーマス』をフルバージョンで読み通すことにしました。
『ウィー・トーマス』は、英題では『The Lieutenant of Inishmore(イニシュモアの中尉)』というタイトル。イニシュモアとはアイルランドの西側、いわゆるアラン諸島のひとつです。マクドナーは『ウィー・トーマス』を含むアラン諸島3部作という一連の戯曲群を書いており、これらはマクドナー戯曲のホーム・グラウンドともいえるアイルランドが舞台です。ちなみに、マクドナーはこの前に「リーナン3部作」(アイルランド西海岸ゴールウェイ州の村)という作品群も残しています。
愛猫ウィー・トーマスの容体が悪いと聞いて、アイルランド民族解放軍一の暴れ者「気狂い」パドレイクがイニシュモア島へ帰還しますが、実はウィー・トーマスはすでにあの世に。パドレイクを恐れる島の住人たちは、なんとかそれを隠そう、ごまかそうと東奔西走。その全てが裏目に出て痛い目を見るのですが、実はこの事件、パドレイクを誘き出すために仕掛けられた罠であることが明らかになります。互いの企てが交錯する中、最後の最後にもう一波乱。全9場からなる大そう忙しい戯曲です。
参加者から、『ウィー・トーマス』は実に不思議な戯曲だと感想が漏れました。この戯曲は明らかにブラック・コメディ。しかし度が過ぎて、ときにコメディと思えないほどリアルで残忍な描写も散見します。一方で、これはサスペンス。一度読んだだけでは通り過ぎてしまう台詞のやり取りも、2週目で「・・・!!」と息を飲む構成に気づきます。複数の場面とエピソードが次々に入れ替わるあたりは非常に映像的。しかし、俳優の身体行動が物語を前に進めていくあたりはとても演劇的。そして、これは政治的な劇、暴力的な劇、社会的な劇、恋の戯、エンターテイメントとしての劇・・・相反する要素をいくつも矛盾なく含み込んだこの戯曲を1文字で表すならば、もう「猫」としか言えないでしょう。そう、これは猫の戯曲です。実際読めば、「これはたしかに猫の戯曲だ」と思わせるところがあるんです。
マクドナーの筆致の巧妙さに舌を巻きながら、なだれ込んだ「忘本会」でも酒の肴は戯曲の話でした。いつも本ばっかり読んでるから、年末くらい忘れて飲みましょうという「忘本会」なのに、ずっと本の話をしているあたりが醍醐味です。しかしみなさん、よく戯曲を読んでいる。そしてよく芝居を観ている。
今回の参加者は、全国大会で『本読み会』を知って来てくださった方、他の読書会に出たことのある方、さらには自分で読書会を主宰している方もおり、かなり戯曲愛にあふれたメンバーとなりました。といっても、やはり一番大事にしたいのは「読んだことはないけど戯曲を読んでみたい」と思っている人かもしれません。戯曲の裾野が広がれば多くの人の手に渡りますし、それだけ書き手も増えて、良質な戯曲がたくさん生み出されることになり、バラ色の人生が私たちを待っていることでしょう。
来年はオリンピック・イヤー。そこで『本読み会』がどんな戯曲を繰り出すのか、乞うご期待!そしてよいお年を!
(松山)
『忘本会!2019』で配布しました、『リーダーズ2019』のデータを、以下に掲載しておきます。どうぞご覧ください。
↓こちらをクリック!(ファイルが開きます)
『リーダーズ2019』
『2019年活動年表』