あの酷暑が嘘のように、めっきり秋めいてきました。のんびり構えていると、そのうちハロウィンが来て、師走になって、クリスマスが来て、あっという間にお正月です。だからというわけではないのですが…今回はめくるめく時間の流れを描いた森本薫の代表作『女の一生』を読みました。
『女の一生』が生まれたのは、第二次世界大戦の終わり頃です。1945年4月、日本の敗色濃厚となる中、空襲の合間を縫うように行われた上演でした。東横映画劇場で文学座によって初演を迎えました。もともとこの作品は、日本文学報国会からの依頼で書かれたものです。大東亜共同宣言を国民に浸透させ、戦意を高揚するための委嘱作でした。
しかし、『女の一生』は戦下のプロパガンダ作品としてその命を終えるのではなく、戦後に改訂を加えて甦ります。これが大変な評判となり、現在までの上演回数は900を越えました。『女の一生』は日本の新劇を代表する作品と言って間違いありません。
『女の一生』は幕を追うごとに時代が下り、日露戦争の頃から第二次世界大戦後までを舞台に、主人公けいの生き様と日本の行く末を描いています。
両親を早くに失い、親類の家でものけ者にされた主人公・布引けいは、中国貿易で財を成した堤家へ迷い込み、ひょんなことから女中として働くことになります。けいは密かに次男の栄二に心を寄せていましたが、堤家を支えるために伸太郎との結婚を決意。「家がそう命じるのです」との名セリフが飛びます。
さらに数年後、商才のない伸太郎に代わって中国貿易をやりくりしているのは敏腕のけいでした。ところが、夫妻関係においては齟齬が生じ、けいと伸太郎は別居生活をすることになります。二人の間には、すでに知栄という娘もおりました。
時は昭和のはじめ。行方をくらましていた栄二が中国から突然帰ってきます。しかし、栄二は共産党員として活動をしていたのです。けいは人としてよりも家の論理を優先させ、栄二を警察に突き出しました。
昭和20年。栄二の遺児らを中国から引き取ろうとしているけい。そこへ20年ぶりに伸太郎が家に帰ってきます。けいはこれを受け入れますが、そのとき伸太郎は倒れて息を引き取ります。
とはいうものの、今回の『本読み会』では、読み始めた途端に参加者の間で「えっ、待って、私のと全然ちがう…」との声があちこちで上がります。特にプロローグとエピローグの部分は顕著です。台詞がちょっと書き直されている、というレベルではなく、登場人物から話の内容から、何もかもが全く違うのです。本当に「別の戯曲」という感じ。
それもそのはず。初稿は戦火の中で厳密に保存ができず、戦後は内容を新たに書き換え、その後演出上の理由でさらに改訂が加わります。森本自身の手によるところもあれば、文学座によって変更を加えられた箇所も多い。こうなってくると、どれが「決定版」なのかもはや決められません。
ちなみに、今回の参加者にはかつて文学座附属演劇研究所で研鑽を積まれた方が何名かいらっしゃいました。研究所では必ず『女の一生』をやるので、「どの役だったの?誰の指導?」という会話も弾むところ。『女の一生』は、文学座という劇団の大きな共有財産と考えた方がいいのかもしれません。
(松山)