2020年最初の『本読み会』です。今年はオリンピックもあるし、戯曲とつなげて何か面白いことはできまいかと始めたのが、特別企画『オリンピックイヤーだよ!ギリシャ劇集合』です。
→『オリンピックイヤーだよ!ギリシャ劇集合』特集ページ
オリンピックの年は、開催地でその国にちなんだ演劇祭が行われることが珍しくありません。2004年アテネオリンピックのときは、ギリシャ古代劇場で世界中のカンパニーがギリシャ悲劇を、2012年ロンドンオリンピックでは、シェイクスピア・グローブ座で各国のシェイクスピア劇が上演されました。さて、東京はどうでしょうか?
特別企画の幕を開けるのは、アイスキュロス『コエーポロイ』。この戯曲は紀元前458年に開催されたデュオニュソス祭で上演され、他のアイスキュロス作品とともに演劇コンクールで見事第一位を射止めた作品です。
トロイ戦争(トロイの木馬の、あれですね)が終わってから呪いの連鎖に見舞われるアトレウス王家を描いた『アガメムノン』、『コエーポロイ−供養するものたち−』、『エウメニデス−恵み深い女神たち−』、この3部作をもって、「オレステイア3部作」と呼ばれます。
ちなみに、アイスキュロスは劇作家の始祖ともいえる人物。彼は舞台上に俳優を2人登場させて交互に台詞を喋る、つまり「対話」の形式を発明しました。この発明がその後すべての劇作家に道を開くことになりました。『本読み会』ももれなくその恩恵にあずかっています。
さて、『コエーポロイ』。父アガメムノンの墓前で、姉エレクトラと弟オレステスが嘆きに嘆いております。父は母クリュタイメストラとその情夫アイギストスに計略にかかって殺されてしまいました。おまけに自分たちにも火の粉が降りかかっている。
オレステスは復讐を胸に誓いますが、そうはいってもやはり実の母親。迷ったところを親友のピュラデスに背中を押され、見事に復讐を果たしますが・・・今度は自らが呪いの憂き目に遭うというところで幕切れ。『ハムレット』にちょっと似ていますね。
言ってはなんですが、次々と物語が展開する戯曲ではありません。嘆いて、迷って、復讐しておしまい。筋立てはいたってシンプル。そもそも「この先どうなるんだろう、ハラハラ」と楽しむたぐいの劇ではないのです。観客はこの神話を知っていますから、英雄たちが困難な状況に立たされたときにどんな言葉をつむぎ出すのか?そこのところが見どころなのです。
今回、読みながら何度も話題に挙がったのはコロスの役割でした。ギリシャ劇には必ずコロス、つまり合唱団(コーラス)が出てきます。この人たちは今でいうところのアンサンブル。メインの役どころではないのですが、観客たちはこのコロスを通して神話の人物たちにつながっていました。
しかし、コロスはいつも「市民役」「傍観者」というわけではありません。ときにエレクトラの代弁者となり、ときにオレステスの代弁者となり、そして観客の代弁者となって、舞台と観客席を繋ぐ役割を果たします。
劇の中でコロスはとてもフレキシブル。誰かの代弁者になり替わるというのは、俳優という仕事の一番原初的な姿でもあるでしょう。
ギリシャ悲劇なんか、読んでわかるのか?との不安を一蹴するように、血の通った独白と対話を読み進めるうち、気分はすっかりエーゲ海。アイスキュロスが長大な台詞とコロスの歌によって、家族の物語を普遍的な政治劇あるいは社会劇へと昇華している様子を堪能する会となりました。
会の途中でギリシャ劇の仕組み、劇場機構、観客の様子などを動画で紹介しながら進めたのも好評でした。作品をより深く味わうための補足をしながら進めていきますので、この後のシリーズもぜひ楽しみにお越しください。
(松山)