ロンドンで芝居を観てきたよ!(ロンドン観劇レポート後編:芝居の感想編)

今回はロンドン観劇レポート後編、私が観てきた芝居について書いていきたいと思います。
前編、中編と続いたレポートも、今回が最終回。最後までお付き合いいただければ幸いです。



ロンドンで芝居を観てきたよ!(ロンドン観劇レポート前編)
ロンドンで芝居を観てきたよ!(ロンドン観劇レポート中編:ロンドン観劇ガイド編)




 

前回も書きましたが、今回の旅行で私が観た芝居は、以下の7本です。

ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー『シンベリン』(31日ソワレ)
ナショナル・シアター『夜中に犬に起こった奇妙な事件』(1日ソワレ)
ケネス・ブラナー・シアター『ザ・エンターテイナー』(2日マチネ)
ナショナル・ユース・シアター『ロミオ&ジュリエット』(2日ソワレ)
オールドヴィク・シアター『リア王』(3日ソワレ/5日ソワレ)
ナショナル・シアター『アマデウス』(4日ソワレ)

オールドヴィクの『リア王』は2回見ているので、作品数としては6本ですね。以下、早速各作品について書いていきたいと思います。

 




ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー
『シンベリン』
@バービカンシアター

作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:メリー・スティール

RSC『シンベリン』公式サイト

イギリスの二大劇団の一つ、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーのシェイクスピア劇。私が観にいった31日が、ちょうど初日だったこともあり、ロンドン中の駅に、ポスターが掲示されていました。
劇場は、複合文化施設バービカンセンターの中にある、バービカン・シアター。席はほぼ満席でしたが、前日の予約で難なくチケットが取れたのは、あまり前評判が良くなかったのでしょうか・・・?あとで調べて知ったのですが、バービカン・センターはヨーロッパ最大の文化施設だそうです。劇場の他にも映画館やら図書館やらが併設されていて、バーやレストランなど食事が楽しめる場所もかなりの数がありました。夕食も観劇も、もちろんビールがお供です。

『シンベリン』はかなり昔に読んだきりだったので、ロンドンに着いてからKindleに日本語訳のものをダウンロードして、簡単に予習をしてから行きました。便利な世の中です。『シンベリン』は、「嫉妬」「2つの国」といった舞台設定は『冬物語』を彷彿とさせますが、その他にも「男装」「人の取り違え」「仮死」など、シェイクスピアらしい趣向がたくさん入った劇で、どこか愉快な印象があるお芝居です。

肝心のお芝居ですが、今回の上演では、タイトルロールであるシンベリンを女王にし、シンベリンの再婚相手の王妃を男性にするという、思い切った翻案がなされていました。シンベリンが女王になることで、母娘の葛藤であったり、シンベリンの夫に対する愛だったりがクローズアップされていた印象です。もともと“性”が大きなテーマの一つになっているお話だと思うので、そういう意味ではシャープな狙いだったかもしれません。
こうした思い切った演出ができるのが、自由度の高いシェイクスピア劇の良さですよね。この後にご紹介するシェイクスピア劇の演出にも、どこかに必ずキラリと光る新解釈がありました。これは僕の想像ですが、シェイクスピア劇に慣れ親しんだイギリス人にとって、シェイクスピア劇はそうした新しい解釈を楽しむ劇なのかもしれません。「シンベリンって、どんなお話なんだろう」なんて段階はとっくに卒業しています。「さて今回のシンベリンは、どんな味付けをしてくれてるのかな」「シンベリンの中から、どんな新しい物語を引き出してくれたのかな」と考えながら劇場にやってくるのではないでしょうか。

さて、話を今回のRSC『シンベリン』に戻しましょう。意欲的な試みで、新しい魅力を引き出してはいましたが、ただ全体的に見てみると、奇をてらったような印象が強かったですね。芝居の出来としてもそこそこという感じでした(なんか上からですが・・・笑)。
面白かったのは、恋人役のポステュマスより、間男のヤーキモーの方がずっと魅力的だったんですよ笑。「等身大の恋人たちの姿」を描くのが演出の狙いだったのは分かるんですが、もっとストレートに素敵なお姫様と王子様で上演してくれた方が戯曲の魅力が際立ったのでは・・・というのが僕の感想です。

”女王”シンベリン(http://www.barbican.org.uk/theatre/event-detail.asp?id=19609)



恋人たち(http://www.barbican.org.uk/theatre/event-detail.asp?id=19609)






ナショナル・シアター
『夜中に犬に起こった奇妙な事件』
@ギールグッドシアター

作:マーク・ハドソン(原作)/サイモン・ステファンズ(脚本)
演出:マリアンヌ・エリオット

『夜中に犬に起こった奇妙な事件』作品公式サイト

もう一つの二大劇団、ナショナル・シアターがロングランで上演している、2015年のトニー賞受賞の名作舞台です。現在はツアーでアメリカを回っているようですね。日本でもナショナル・シアター・ライブで上映されていたので、知っている方も多いのではないでしょうか。

ナショナル・シアター・ライブ公式HP『夜中に犬に起こった奇妙な事件』

私も上映を観ていたので、(英語に弱い私も)安心して楽しむことができました。ナショナル・シアター・ライブで上映されていた時とは劇場が変わっているので一部演出に変更はありましたが、本作の魅力は健在。いやー、ホントに良い芝居です。

舞台装置がかっこいい



『夜中に〜』は、自閉症の少年とその家族について描いた作品です。こう聞くと、硬派なテーマの真面目な作品と感じるかもしれませんが、スピード感のある現代的な演出と、先が気になって仕方ない絶妙なストーリー展開で、第一級のエンタテイメントになっています。飽きることなんて、まずありません。文字や映像が投影される舞台美術もカッコよくて、すごくオシャレな芝居です。

タイトル通り、「夜中に犬に起こった奇妙な事件」が発端になっていて、少年が事件の解決に取り組むことからお話が展開するのですが、ワクワクする推理劇のような前半から、後半は深みのある家族劇に変化していきます。少年の目を通して世界を眺めることで、自閉症の方やその家族の、苦しみ、悲しみ、そして喜びをしっかりと描いていて、社会的な意義も大きい作品です。私も本業は臨床心理士、支援者の端くれですが、彼らの世界がよく伝わってくる作品で、大変勉強になりました。そもそも原作がベストセラーになっているということも素晴らしいですが、こういったお芝居がエンターテイメントとして作られ、ヒットして、堂々ロングランにかかるということが、イギリス演劇文化の成熟を感じさせますね。

自閉症の少年クリストファー(http://www.curiousonbroadway.com/#home)



彼は数学の天才でもある(http://www.curiousonbroadway.com/#home)






ケネス・ブラナー・シアター
『ザ・エンターテイナー』
@ギャリックシアター

作:ジョン・オズボーン
演出:ロブ・アシュフォード

『エンターテイナー』公式サイト

ロンドン観劇レポート中編にも書きましたが、こちらの作品は、事前に戯曲を読んだことも、観劇したこともない芝居でした。他にも色々選択肢がある中で、なぜこの作品を選んだかと言いますと、ジョン・オズボーンの作品だったからです。
ジョン・オズボーンと言えば、『本読み会』でも以前読んだ『怒りを込めて振り返れ』が代表作ですが、『エンターテイナー』も、初演はローレンス・オリビエ主演で、演劇史においても有名な作品です。以前から読みたい読みたいと思っていたのですが、日本語の翻訳が手に入らず、ずっと読んでいなかった作品だったんですよね。
そんな訳で、「ようやくこれでどんな話か分かる!」と喜び勇んで劇場に向かったのですが・・・英語がね・・・。いやー、あらすじは大体分かってたんですが、結局肝心な部分はほとんど理解できませんでした笑。いやだって、みんなペラペラ喋るし、やたら早口だしで、たまに単語が耳に飛び込んでくるくらいなんですよ。まあ、ジョン・オズボーンの芝居だし、当然っちゃ当然なんですけどね・・・。

ただそれでも、芝居には感心しました。まずは舞台上にメタシアター的にさらに「舞台」を用意する美術がかっこいい。役者たちは丁寧なリアリズム芝居で、(何を言っているのかは分からないにしても)人と人の関係性がよく伝わってきます。そうした芝居の合間に、芸達者ケネスブラナー演じる喜劇役者アーチーのショーが挿入される演出が、洗練されていて印象的でした。妻フィービー役のグレタ・スカッキ、父フランク役のガウン・グレインジャーの2人の芝居が光っていましたね。

さて、昨年末の記事でもご紹介しましたが、実はこの芝居、先日まで「ブラナー・シアター・ライブ」として、都内映画館で上映されていたんです。

ブラナー・シアター・ライブ公式HP『エンターテイナー』

私も昨年大晦日に鑑賞しまして、ようやく話の筋を理解することができました笑。同じ芝居を観ているのですから、大まかな印象は当然変わりませんでしたが、やはり細かいニュアンスが分かると、芝居の感じ方が少し変わってきますねー。
イギリスという国の衰退に、家族の崩壊が重ね合わされた芝居ですが、肝心のケネス・ブラナーが芸達者過ぎて、才能あるコメディアンにしか見えない笑。こんな才能ある人は、どんな状況でも生き残るのではないだろうか・・・、もう少し、落ちぶれたダメ親父な感じが出てた方が良かったんじゃないか・・・など、また上から目線で感じました。

舞台装置。劇場でもあり、居間でもある。(http://www.branaghtheatre.com/the-entertainer/)






ナショナル・ユース・シアター レパートリー・カンパニー
『ロミオ&ジュリエット』
@アンバサダーシアター

作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:ケイト・ヒューイット

ナショナル・ユース・シアター公式HP『ロミオ&ジュリエット』

ナショナル・ユース・シアターというのは、14〜28歳の若者たちを様々なコースに集めて、格安で演劇を教えている団体。今回『ロミオ&ジュリエット』を上演したレパートリー・カンパニーというのは、ナショナル・ユース・シアターのメンバーの中から18〜25歳の16人を選抜したチームで、一年間、プロの監修のもとで3本の芝居を作り、ロンドン・ウェスト・エンドの劇場で公演を打つというシステムのカンパニーだそうです。僕もそんな団体があることはそれまで全く知らなかったのですが、どの芝居を観ようか探しているときにたまたま見つけて、面白そうだと思ったので観に行ってみました。

誰でも知っているシェイクスピアの代表作『ロミオ&ジュリエット』。どうアレンジしてくるかな・・・と思って劇場に入りましたが、かなり正統派の上演でした。テキストを2時間程度になるようカットしていること、時代が1950年代、第二次大戦後に移されていること、そして、ジュリエットを黒人の少女が演じていること(もう人種のことを特別に騒ぐような時代でもないでしょうが、HPによると、ナショナル・ユース・シアターのメンバーが以前人種差別を受けたことに対する抗議としての上演という意味もあったようです)以外は、ほとんどテキストに忠実な上演だったと思います。

しかし、やっぱりプロの舞台を連続して観ている中に、お芝居勉強中の若者が入ると、どうしても粗が目立ってしまいますねー。拙さ、若さがあふれ出ていました笑。ですが、それでもしっかりとしたシェイクスピア劇になっているのは流石です。それもそのはず。HPを見てみると、スタッフがこのような状態です。

Director – Kate Hewitt
Designer – Cecilia Carey
Movement Director – Polly Bennett
Music and Sound Design – Dom James and Tommy Antonio
Lighting Designer – Elliot Griggs
Assistant Director – Sean Hollands
Production Manager – Jacqui George
Assistant Production Manager – Beth Marston
Technical Manager – Jackson Ingle
Fight Directors – Rachel Bown-Williams and Ruth Cooper-Brown of Rc-ANNIE Ltd
Company Stage Manager – Linsey Hall
Sound Operator – Daffyd Gough
Lighting Operator – Gareth Weaver
Head of Costume – Helena Bonner
Deputy Head of Costume – Ugne Dainiute
Costume Assistant – Isabelle Homer
Voice Tutor – Emily Jenkins

どんだけ手厚いんだ笑。教育にかける情熱が垣間見えますね。演出を始め、プロのスタッフ陣の仕事がしっかりしているので、しっかり鑑賞に耐える芝居になっていました。

その中でも一番感心したのは、若者たちのセリフ術です。私はシェイクスピアの原語上演に詳しい訳ではないですが、セリフのリズムがとにかく美しいので、しっかり訓練されていることは聞けば分かります。ブレスの位置に気をつけて、一言一言神経を集中して発音していることが伝わってきました。シェイクスピアの詩が、きちんと詩になっています。セリフさえしっかりしていれば、芝居はかなり見られるものになるのだな、ということも発見でした。役者の中では、ジュリエットを演じたシャリーシャ・ジェイムス・デイビスと、キャピュレット夫人を演じたナターシャ・ヘリオティスの2人が特に良かったです。

若きロミオとジュリエット(http://www.nyt.org.uk/whats-on/romeo-and-juliet#gallery-996)






ナショナル・シアター
『アマデウス』
@オリヴィエシアター

作:ピーター・シェファー
演出:マイケル・ロングハースト

ナショナル・シアター公式HP『アマデウス』

アカデミー賞受賞の映画はご覧になった方も多いのではないでしょうか。ピーター・シェファーの代表作『アマデウス』。天才モーツァルトの才能を誰よりも理解しながら、だからこそ嫉妬に狂う音楽家サリエリ。彼はモーツァルトを破滅させることで、敬虔な信仰者であった自分に才能を授けなかった神に復讐する、というお芝居です。

この作品は昔から好きだったので、上演されているのを知って、これは是非観たい!と興奮しました。が、いざチケットを予約しようとすると、すでに全ての回がソールドアウトの状態。やっぱ人気あるんだなーと感心します。しかしそこで諦めたりはせず、前回の記事でもご紹介した「ナショナルシアターDayTicketsシステム」を利用しました。
当日朝、発売開始の20分ほど前に劇場に到着しましたが、すでに10人以上の列ができています。「もしかしたら観られないかも・・・」ハラハラしながら待っていましたが、なんとか立ち見席の最後の一枚が残っていました。私の前に並んでいた男性はチケット2枚を希望していたようで、「だったらいらない」と買わずに帰っていったので、ギリギリ私に回ってきたかたちです。滑り込みセーフでした。ふぅー、良かった!!

夜になり、ナショナルシアターを再訪します。オリヴィエシアターに入ってみると、すり鉢状の劇場に古代遺跡のような舞台装置です。ワクワクしますね。周りには同じく立ち見のお客さんがパラパラ。これ、もっとお客さん入れられるじゃん、と思いました。

劇場と舞台装置



さて、お芝居は、有名戯曲を全く妥協することなく立体化した、という印象でした。まさに非の打ち所のない完成度です。舞台上のオーケストラはギリシャ古典劇のコロスのように芝居と一体化していて、サリエリの嫉妬と憎悪におののきながら演奏を続けます。ダイナミックな舞台装置の変化も見応えがありました。

ですが、やはりこの前日に観た『リア王』(『リア王』の感想はこの記事の最後に書いています)には負けると感じました。きっとそれは、戯曲の自由度の高さなのではないかと思います。シェファーの戯曲は素晴らしい出来ですが、その自由度はシェイクスピアの方が圧倒的に高い。その自由度の分だけ、『リア王』はこちらの想像もしないところまで駆け上がっていたように思いました。
ナショナル・シアターの『アマデウス』は、繰り返しますが、非の打ち所のない素晴らしい舞台でした。演出は洗練されていて、音楽も素晴らしい。役者も丁寧でした。が、予想の範囲内ではあったと感じます。ロンドン、レベルが高いです。

主役サリエリを演じたルシアン・ムサマティがかなり良かったです。対するモーツァルトを演じたアダム・ギレンの演技は、序盤はその激しさに「やりすぎでは・・・」と感じたのですが、後半は天才の苦悩と孤独がしっかり表現されていました。改めて、サリエリの苦悩を描くだけではない『アマデウス』の魅力に気づかせてくれました。

ちなみにこのお芝居、早速ナショナル・シアター・ライブのラインナップに加えられています。

ナショナル・シアター・ライブ公式HP『アマデウス』

日本でもすぐに上映が決まることでしょう。是非もう一度見たいと思います。

サリエリとオーケストラ(https://www.londontheatre.co.uk/show/amadeus)






オールドヴィク・シアター
『リア王』
@オールドヴィク・シアター

作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:デボラ・ワーナー

オールドヴィク・シアター公式HP『リア王』

オールドヴィク劇場がプロデュースした『リア王』です。3日の夜に一度観て、「どうしてももう一度観たい!」と思ったので、ソールドアウトだったチケットをなんとか探し出し、帰国前日の5日夜に再度観ました。

この芝居、ただただ驚嘆の一言でした。イギリス演劇の力を思い知らされた一作です。目玉は、アカデミー賞を2度受賞している女優グレンダ・ジャクソンがタイトルロール・リア王を演じていること。なんと25年ぶりの復帰だそうです。
開場して劇場に入ると、舞台上にはすでに人が。かなり現代的な舞台セットです。舞台上で仕事をしている人たちは、スタッフさんぽい人、俳優ぽい人、プロデューサーぽい人などなど。開演前の劇場そのもののようでもあり、テレビの撮影スタジオの舞台裏を覗いているようでもあり、という感じです。

オールドヴィックシアター(舞台装置は『リア王』)



そして颯爽と登場するリア。周りにはお付きの人たちが付き従っています。女性が演じていますが、娘たちは”Father”と呼びかけており、セリフは書き換えられていない様子。歳のせいもあり、性別はそこまで意識させません。とにかく権力を持った人が入ってきた、という印象です。

「へー、現代的でスタイリッシュなリア王なんだなー」と、最初はのほほんと観ていたのですが、2幕3幕と芝居が進んでいくにつれ、それが思い違いであることに気づきました。何というか、すごく騒々しいんです。スタイリッシュさはみるみるうちに失われていき、いったい時代がいつなのか、よく分からなくなっていきます。嵐のシーンになればゴミ袋のような真っ黒なビニールが舞台を覆い尽くし、そこに暴風雨が安っぽく映し出されます。その中を気狂いトムが全裸で駆け回り(ホントに全裸です)、スーパーマンの衣装を引っ掛けた道化が、スーパーマーケットのカートを押しながら大騒ぎ。リーガンはグロスターの目玉を客席に投げ込む始末です。もう、バカ学生が悪ふざけでシェイクスピアを上演しているような混沌です。

が、この混沌とした世界が、リアの狂気を感じさせます。リアが狂気に傾いていくに連れて、舞台上に現れるものがどんどん狂気の世界に引きずり込まれていくのです。時代も文化も超えて、人の狂気と感情が生々しい姿で舞台上に現れる様は、まるでアラバールの不条理劇を観ているかのようでした。そして4幕、舞台にまた秩序が戻ってきます。軍隊が現れ、時代と社会をまた照らし始めます。そしてリアは狂気から抜け、成熟を迎えるのです。戯曲解釈の丁寧さと、それをシンプルに表現する洗練された演出が光っていました。

そうした演出を成立させていたのは、何をおいても、俳優たちの演技でした。誰一人として端役にならない存在感で舞台に立っています。リア、エドガー、ゴネリル、リーガン、コーンウォール、オールヴァニー、オズワルド・・・挙げればキリがありません。「この役、こんなに魅力的だったのか・・・!」と目からウロコが何枚も剥がれ落ちました。コーディリアを演じたモーフィド・クラークが、若干物足りなさを感じさせましたが、それはきっと周りが良すぎるからですね笑。

私が観た二日とも、どちらも客席は凄まじいスタンディングオベーションでした。レビューはなぜか”星4つ”と批評家は何を観ているのかね・・・と思いましたが笑、私にとっては文句なしの一作、「これまで観てきた舞台の中で一番良かった」と断言できる舞台でした。

嵐の中を進む道化とリア王(https://www.nytimes.com/2016/11/07/theater/review-glenda-jackson-rivets-as-king-lear-in-her-return-to-the-stage.html?_r=0)



リーガンとグロスター。くり抜かれた目玉は客席に投げられる。(http://www.nchlondondiaries.org/single-post/2016/11/29/King-Lear-at-the-Old-Vic)






はー、長かった!!以上で3回にわたって連載しましたロンドン観劇レポートも全ておしまいです。書くのも大変でしたが、読み手の方も大変だったと思います。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
それでは、また!

(大野遙)

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