第70回『本読み会・田中千禾夫』レポート

3月11日、あの東日本大震災から7年が経ちます。その日、私は勤務先の大学で入試業務に当たっていましたが、未曾有の地震に現場は大混乱。生まれて初めて命の危機を感じ、水を確保し、食料を確保し、冷えたスタジオの床で過ごした夜のことを、おそらく一生忘れることはないでしょう。そしてこの日は、遠い歴史の物語だった核の脅威が、突如我が事として突きつけられた日でもありました。



今回の『本読み会』で取りあげた田中千禾夫『マリアの首−幻に長崎を想う曲−』は3・11を意識して選んだわけではありませんが、どうしてもこの問題を想起せざるをえない戯曲となって、私たちの前に立ち現れました。

田中千禾夫は、新劇の祖である岸田國士、岩田豊雄、そして土方与志らの影響を受けながら、戦前・戦中・戦後を駆け抜けた演劇人です。慶應義塾大学文学部フランス文学科に学んだ田中が、一歩先を走る岸田や岩田らに強く影響を受けたのは、ごく自然な流れだったのかもしれません。それほど、新劇の黎明期におけるフランス演劇の影響は甚大なものでした。

田中の生まれは長崎県長崎市。妻で同じく劇作家の田中澄江とともに、カトリック信徒でありました。『マリアの首』は、田中出生の地である長崎の浦上天主堂を舞台に、原爆の問題を真正面から扱った戯曲です。ちなみに、1945年8月9日原爆投下の日、40歳だった田中は長崎ではなく鳥取にいたため、辛くも被曝を逃れました。

しかし、この戯曲に登場するのは、その日長崎にいた者、いなかった者、原爆を受け入れる者、受け入れない者、核に侵された街を唾棄する者、核の脅威を世界に訴える者、自由を手に掴もうとする者、自由などどこにもないと生を諦観する者など、立場の異なる市井の人々がドラマを織り成します。中心的な役はあるものの、登場人物たちはそれぞれに異なる視座を持って長崎に臨んでいます。あたかも、幾重にも分裂した田中の心情を映すかのようです。

また、戯曲の多面的な要素は登場人物にとどまりません。幕ごと場ごとに、台詞の文体が次々に変容していくのです。韻文と散文の交錯とでもいいますか、論理的な政治談義が交わされたかと思えば、直後には叙情的な詩の応酬があり、庶民的なたわいも無い会話の間に讃美歌が歌われます。生死を分かつ深刻な対話かと思えば、コミカルな登場人物が割って入ることも忘れない。『マリアの首』が田中の最高傑作との誉高いのは、劇作家として研鑽を積み重ねる田中、演出家として演劇を構築する田中、そして長崎の街を背負った一個人としての田中が見事に融合した戯曲だからなのではないかと、私には思い当たりました。

最終幕、それぞれの登場人物たちを包み込むのは、マリアの首に捧げる祈りと、それに応える聖母マリアでした。田中は聖母マリアを荘厳な守護聖人ではなく、「おっ母」と呼べるような庶民の母として描きました。クリスチャンであると同時に長崎の一市民であった田中にとっての神とは、必ずしもローマ・カトリック教会に定められた神ではなく、自らの母を通して感じられる、大きな愛としか呼べないなにものかだったのかもしれません。祈りと表現は、元来ひとつのものであった。『マリアの首』は、私たちにそのことを思い出させてくれる静謐な戯曲でありました。

戯曲の副題に『幻に長崎を想う曲』と名づけられているのは、田中がこの戯曲を「曲」、つまり、台詞によって奏でられる音楽として捉えているからにほかなりません。ちなみに戯曲は長崎弁で書かれていますが、今回の『本読み会』に長崎の方はいらっしゃいませんでした。ゆえに正確なアクセントで、とはいきませんでしたが、まくし立てて読むのではなく、噛みしめるように読んでいくことで戯曲全体の持つリズムや流れが少しずつ感じられるようになっています。

世界各国どこにおいても、お祈りをするときに大声でまくし立てる宗教はありません。祈るように、讃美歌を歌うように読むのがこの戯曲には一番ふさわしい。まさにPray for Playです。
(松山)




・ひとこと
先ほど(3月11日)、このレポートをアップする直前に、per il mondoさんの公演、井上ひさし作『父と暮らせば』の一人語りを観てきました。『マリーの首』は長崎原爆ですが、『父と暮らせば』は広島原爆を扱った代表的な戯曲です。図らずも、二日続けて原爆を扱ったお芝居に触れることになりました。
出演の桝谷裕さんは丁寧に戯曲の描く世界を表現されており、大変良い公演でした。改めて、『父と暮らせば』という戯曲の素晴らしさ、表現者としての井上ひさしの覚悟など、感じられました。どちらの戯曲も、とても良い戯曲です。未読の方は、是非読んでみてください!
(桝谷裕さんブログhttp://yutakamasutani.blog13.fc2.com

あ、あと、第70回の開催情報をアップした際は、田中千禾夫の写真が見つからなかったのですが、ようやくゲットしましたので、下に掲載しておきます。レポート冒頭のイラストはちょっと面長になってしまいました。。
(大野)



 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください